洛和会

ヘルスケアシステム

洛和会ヘルスケアシステム 総長 松村 理司氏

洛和会 ヘルスケアシステム

総長 松村 理司氏

京都大学医学部卒
1991年市立舞鶴市民病院副院長就任
2004年洛和会音羽病院院長、洛和会京都医学教育センター所長として医療法人社団洛和会に着任
2013年洛和会ヘルスケアシステム総長就任

TOPINTERVIEW2015

「臨床研修教育のカリスマ」とも呼ばれる松村 理司氏。
かつて市立舞鶴市民病院が臨床研修の聖地として全国の研修医を集め、2004年洛和会音羽病院へ移ってからも院長としてジェネラリストの育成に力を入れてきました。
現在は洛和会ヘルスケアシステム総長に就任し、法人全体約300人余りの医師と医局機能を束ねる立場である彼に、今の臨床研修制度や専門医制度の在り方についてお話を伺いました。

編集長

2004年の臨床研修制度のスタートからちょうど10年が経ちましたが、臨床研修に携わって30年の松村先生から見てどのような成果があったとお考えですか。

総長 松村 理司氏

この制度の導入には3つの柱がありました。 1プライマリケアの基本的な診療技術を身に付けること、2コミュニケーションスキルの向上、3研修医への賃金を支給すること。 僕の時代に比べて随分と医師の目線が患者さんに近づいたと感じますよ。患者さんへの声かけや丁寧な説明など、コミュニケーションスキルが上がったと思います。 この制度を作った先生方も仰るように、初期研修を義務化したことで、産婦人科や小児科、精神科と言った科目の現場実践を経験できるようになったことは大変評価できることだと思います。
そして大学病院に若い医師が留まらなくなったことで、大学病院も真剣に医師の研修体制を考えるようになったと思いますね。医局人事の機能が崩壊したとよく言われますが、これが引き金にはなりましたが、医局制度の悪い機能が露呈したことも確かです。

編集長

これからの医療のために臨床研修はどうあるべきだとお考えですか。

総長 松村 理司氏

医局人事機能が低下したとは言え、医局機能と無縁でいられる病院は殆どありません。そして派遣医師にはベテラン医師を求めるのが常ですが、そもそも派遣医師数が減少しているので、優秀な医師を派遣してもらえる病院は一握りです。ならば、自分たちで何とかするしかありません。つまり、一般病院も大学病院と協力して、医師全体の臨床教育水準を底上げしていくしかないのです。 それが私が取り組んできた北米型「屋根瓦式教育」や「大リーガー医制度」です。 専門性を究めることも大切ですが、まず若い間にコモン・ディジーズをより多く、より速く、より安く、できれば深く診断・治療する臨床の力を身に付けるべきです。 今や屋根瓦式教育は全国の医療機関に導入されていますが、大リーガー医の招聘とは指導する者が、屋根瓦式を理解し、惜しみなく自分の知識を与え、教え、共に勉学に励み、情熱を分かち合う精神がなければ成り立ちません。人の教育というのは一朝一夕できませんので、双方が向かい合う時間や機会を多くつくならなければ、優秀な人材も育たないと考えています。

編集長

最近では専門医志向が強く、早い段階から専門分野を見つけ知識とスキルを高めようとする傾向がありますが、一方でそれに警鐘を鳴らす先生方からはジェネラリスト=総合医の必要性を訴える声も聞かれます。松村先生は元々呼吸器外科でしたが、宮城先生(現:群星沖縄臨床研修センター長)に出逢いジェネラリストを目指されたそうですね。総合医の担う領域や日本での立ち位置などお聞かせください。

総長 松村 理司氏

ジェネラリストには2つありまして、家庭医と病院総合医(ホスピタリスト)に分類されます。家庭医というのは昔から地域のかかりつけ医の役割を担ってきました。彼らは家庭医になるためにどこかで研修を受けた訳ではなく、各々の生涯学習と個人で勉強した結果、家庭医になってきました。アメリカで普及しているような病院総合医は日本ではなかなか成立しにくく、言ってしまえば300床以下の中小病院で一部成功しているに過ぎません。病院総合医というのはあらゆる患者さんの診断をし、多臓器にわたる病態のコンサルトを受けて診療にあたるというのが本来の仕事の領域です。オペや検査が必要になれば専門医に引き継ぎますが全人的に患者さんを診ます。
日本における400~500床規模の総合病院だと専門医が多く在籍するため、すぐに専門医に引き継がれ、総合医を中心に患者情報が共有されることなく、各臓器ごとに患者が診療科を回る羽目になるのです。病院には総合性と専門性の両方が必要ですが、大きな病院になればなるほど総合医は肩身が狭くなりがちですね。それに比べて中小病院では専門医が多くないので、リーダーシップを取るような医師を中心にスキルを磨きたい医師が集まり、総合診療が活発になっていると感じます。洛和会丸太町病院がいい例で150床しかありませんが、志が高く優秀な医師を中心に10人もの研修医が集まり、日々切磋琢磨し総合診療の研鑽を積んでいます。

高齢者・超高齢者の多病・多死への対応の質は、臓器別専門医の垂直的な知識や技術の足し算、掛け算ではもはや太刀打ちできません。検査や治療をやりすぎることが患者さんに負担をかけ、むしろ危険になることもあります。これからは横断的な視野を持った水平的専門医、つまり病院総合医が増えることが期待されています。

編集長

お話を伺っていると日本では総合医が育ちにくいように感じましたがなぜですか。

総長 松村 理司氏

そもそも昔は総合医を育てる教育体制がありませんでした。前述のように今までは個人の生涯学習に頼っていたので、時間がかかり非効率でした。しかし、新しい臨床研修制度や専門医制度の中に総合診療専門医が含まれるようになったことで、総合医は育ちやすくなったと思いますよ。そもそも、医学の基本的な考え方を忘れていることが問題なのです。 日本人は手技を高めることが好きで、それによって医師としてのプライドを高め、保っている傾向が強いです。患者さんの身体診察や診断推論をする前に、手技や検査をすぐしてしまいます。検査をすれば簡単に結果は出てくるとは限らないですし、患者さんを観察し、順序立てて自分の頭で考え、必要な検査をするということができなくなってしまいます。それは医学の基本的な考え方ではないと思いますよ。 まさに昔、宮城先生が僕たちに『君たちの軽薄な頭脳が検査の洪水を招く』と言われたことを思い出しますね。

編集長

ジェネラリストとして、また総合医育成の先達としての今後の使命は何だとお考えですか。

総長 松村 理司氏

もう僕も現場で若手医師達と一緒に汗をかいて医療を追求する立場からは少し離れ、医療も介護も質を求めていくことの重要性を発信していく立場になったと思っています。 質を求めていくという点ではクリニカルインディケータという指標があります。これは大変分かりやすい質の追求です。しかしあらゆるデータを取り比較していくことは、なかなか難しいものですので、私はもう少し身近なことで質を求めていきたいと考えています。 「生・老・病・死」を三人称、二人称、一人称で考えていきたい。 今までは私も若く病気や死というものに無縁でしたので、自分に関係のない人が入院してきて、それを客観的に三人称で診ていたのですが、自分も歳を重ねて「生・老・病・死」を考えた時に、身近な人や家族、自分自身に当てはまることが増えてきました。それは二人称や一人称なんですね。 自分が病気になって入院したら、こんなに不便なものかと気づかされるでしょう。それは今までとは全く違った角度から医療を見ることになり、様々な問題点や不備が見えてきます。 医療のニーズに応える、医療の質を高めるということは、そういう目線で病院や治療の欠点を客観的に考え、改善していくことでしょうね。 二人称、一人称の目線で医療と介護の質を保ち、向上させていくことがこれからの私の役目だと思っています。

高齢社会の中でますます需要が高い総合診療医を日本に定着させるため、研修体制や医療改革を実行している松村先生は、もはやひとつの医療法人の総長としてではなく、日本の医療を変える「国を癒す大医」へと突き進んでいるように感じました。


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